台湾紀行 その37 故宮博物院で「翠玉白菜」を見学

 九份観光を終えると、僕等のツアーは台北の故宮博物院へ向かった。
 北京の故宮は2010年1月の厳冬期に訪問したが、その頃は今ほど大気汚染が深刻化してなくて、故宮(紫禁城)の気温は零下2度位で、冷たくはあったが爽やかだった。台北の故宮博物院は2013年3月26日に訪問、気温は20度を超え、半袖でも過ごせるほどだった。

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 故宮博物院での写真撮影は一切禁止ということで、王ガイドはバスからのカメラの持ち出しを禁じたので、ここでの写真はすべてインターネットからの借用となる。

 故宮博物院は本土中国の北京と台湾の台北に分かれて存在しているが、両国の20世紀における歴史の結果としてこうなっている。
 中国本土の毛沢東等による共産党支配の史実の結果、敗者となった中華民国政府は歴代の中国皇帝の収蔵品である宝物の中から、2,972箱に及ぶ所蔵品を精選して台北へと運んだ。

 北京で同行したツアー客は口々に、ここでの宝物とされるものはほとんど見るところのないもので、名品と言われるほどの宝物は台湾の故宮博物院にあると言っていた。
その宝の山に、これから踏み込んでいく。

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 残念ながら、ここでの展示物の記憶はほとんどない。
限られた時間の中で、王ガイドの日本語でのガイドをヘッドホンを通して聞いていただけで、王ガイドに遅れないように着いて行くのがやっとだった。
 それでも故宮博物院での人気トップ2ともいえる文化財「翠玉白菜」「肉形石」はしっかり見て記憶も鮮明に残っている。

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 まず「翠玉白菜」だが、博物本館3階の302に展示されていた。
 翠玉白菜は故宮博物院の「最も有名な彫刻」で、清明上河図(北京の故宮にある。)肉形石と合わせて故宮博物院の三大至宝とされている。
 その「翠玉白菜」を穴のあく程見つめ、その葉っぱにイナゴとキリギリスがとまっているのを、しっかり確認した。

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 「翠玉白菜」は中国の清時代(18~19世紀)の、翡翠(ひすい)から白菜を彫刻した宝飾品。

この彫刻は、元々は光緒帝の妃である瑾妃の住居である永和宮にあったことから、瑾妃の嫁入り時の持参品と考えられている。
 瑾妃の妹はあの珍妃若くて美しく頭も良かったので光绪帝の寵愛を一身に受けたが、次第に光绪帝政治に加担するようになったことから西太后に疎んじられ、ついには身籠ったまま井戸(珍妃井戸)に沈められた。(2010年の北京の旅で見学)

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 妹と同時に入宮した瑾妃だが、外見の悪さから皇帝の寵愛を受けることも無かった。(
彼女は朝から豚腿醤油煮を食べるなど相当の食いしん坊で、胸囲、胴囲、腰囲のサイズは同じ、顔もまん丸で、「まんじゅう」というあだ名を付けられていた。)
 しかしそれが幸いしてか、光绪帝が西太后から毒殺された後も宮廷内に残り、溥儀の庇護を受けながら、高い位を維持しながら天寿を全うしたという。

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