去りゆく五月の詩  三木露風

われは見る。
廃園の奥、
折ふしの音なき花の散りかひ。
風のあゆみ、
静かなる午後の光に、
去りゆく優しき五月のうしろかげを。

空の色やはらかに青みわたり
夢深き樹には啼く、空しき鳥。

あゝいま、園のうち
「追憶」は頭を垂れ、
かくてまたひそやかに涙すれども
かの「時」こそは
哀しきにほひのあとを過ぎて
甘きこころをゆすりゆすり
はやもわが楽しき住家の
屋を出でゆく。

去りてゆく五月。
われは見る、汝のうしろかげを。
地を匍へるちひさき虫のひかり。
うち群るゝ蜜蜂のものうき唄
その光り、その唄の黄金色なし
日に咽び夢みるなか……
あゝ、そが中に、去りゆく
美しき五月よ。

またもわが廃園の奥、
苔古れる池水の上、
その上に散り落つる鬱紺の花、
わびしげに鬱紺の花、沈黙の層をつくり
日にうかびたゞよふほとり――

色青くきらめける蜻蛉ひとつ、
その瞳、ひたとたゞひたと瞻視む。

ああ去りゆく五月よ、
われは見る汝のうしろかげを。

今ははや色青き蜻蛉の瞳。
鬱紺の花。
「時」はゆく、真昼の水辺よりして

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