最上川と「おくのほそ道」の旅 その3 戸沢村の「ソウルプルコギ」で昼食

酒田市を出たあと、朝食の場所を探して車を走らせているうちに、矢印の戸沢村まで来てしまって、結局そこで朝食兼昼食を食べた。

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この地図の赤矢印の場所が戸沢村である。
最上川に沿って下り芭蕉は日本海に出たが、僕は芭蕉とは逆に、最上川をこれから遡上して行く。
戸沢村までの間に目にした風景を紹介して行く。

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このあたりは庄内町、全国でも有数の強風地帯の特性を利用して風力発電を行っている
町である。

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このあたりは最上峡といわれるあたりだと思うが、最上川さみだれ大堤という看板が建っていた。
さみだれ大堤というのはゴム堰で、これに空気を入れて川をせき止めるのだという。
時間が無かったので、見学はしなかった。
 
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そして1035分、道の駅戸沢に到着、お腹の具合が限界となっていたので、ここで食事とした。
その戸沢村がどういう村だかまったく知らなかったので、かなりびっくりした。
戸沢村は韓国との国際交流が盛んな村で、ここには高麗館が建てられている。

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ここはノリマダン、韓国語でノリは遊び、マダンは広場を意味する言葉で、村人たちが歌い踊り集う場所という意味となる。
簡単に言えば、各種イベントが催される青空ステージである。

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ここは韓国庭園、韓国の建物の間に風水地理説をもとに、ムクゲやモクレンなど韓国の四季の花木で彩った庭」である。

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ここは眺河の丘で、ここで最上川が90度に折れ曲がっていて、雄大な景色を見ることができる絶景スポットとなっている。
一通り高麗館を見学して、食事を食べに韓国料理レストランである「ソウルプルコギ」へ入った。

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奥から出てきた女性が日本語で注文を聞いてきたが、すぐに外国の方だとわかった。
韓国プルコギ炒め定食を頼んで、ガツガツ食べた。
この店は他の焼肉店同様に、ニンニクの臭いがきつかった。
 
戸沢村にどうして韓国紹介施設があるのか説明する。
戸沢村は以前農林業以外には最上川観光くらいしか産業がなく、嫁不足も深刻化していたという。
1980年後半の「世界青年年」を契機に若者たちによる韓国との交流が盛んになり、多くの韓国人女性が村の男性に嫁ぐようになった。

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やがて彼女たち相互の交流の中から、故郷の食文化等を村の他の住民に伝える機会が増え、韓国文化を広く紹介する施設建設の気運が湧き上がり、平成9年にこの高麗館が開館した。
戸沢村だけに限らず、山形県全体で韓国から嫁いだ女性は2000人もいるというが、山形県が1980年代末から農村の独身男性の結婚運動を推進させた結果である。
 
この戸沢村では、たぶん日常生活が韓国ドラマなのだと推測した。
ただ戸沢村の実情は、少々酷いこととなっている。
韓国の歴史と文化を丁寧に紹介してあげるの高麗館の存在が、村の財政を赤字に陥いらせている主要な要因となっているのだとか。

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