奈良散歩 その74 旅の終わりは法起寺

 法輪寺から法起寺までは600m余りで、歩いて行ける距離である。
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 レンタカーをスタートさせると、法起寺の駐車場まで1分ほどで到着したが、駐車場がごった返していて、適当な場所に車をとめるのに苦労した。
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 結局法輪寺から20分もかかって、午後1時37分に法起寺の門前に到着した。
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 法起寺は聖徳宗の寺院で、古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれていた。
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 本尊は十一面観音で、聖徳太子建立七大寺の一つに数えられることもあるが、寺の完成は太子が没して数十年後のことで、法隆寺地域の仏教建造物の一部として世界遺産に登録されている。
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 上図が法起寺の伽藍配置図で、西門から入って鐘楼跡付近まで歩くと、右に三重塔、左に聖天堂、真ん中に講堂が見える。
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 右の三重塔は恵施僧正によって684年に起工、706年に竣工と伝えられていて、創建当時の建築で現存するものはこの三重塔のみである。
 昭和45年から行なわれた解体修理の成果をふまえて創建時の外観に修復しており、高さは23.9mで現存する三重塔では日本最古のものである。
 この寺は寺の周辺にコスモスが咲くことでも有名なので、寺の境内の方はこのくらいにして、寺の周辺のコスモスの絶景を見ることにした。
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 なるほど、コスモスが名物の寺と名乗るだけの見事な風景である。
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 コスモスに吸い寄せられるように歩いてみたが、うっとりする程の風景で、花陰でコーヒーを飲みながら、こういう場所でのんびりと一日過ごすのも悪くないなと思った。
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 法起寺の方を振り返ると、コスモス畑を前景にした逆光の中で、日本一古い三重塔が言葉にならない優雅さで、斑鳩の里岡本の地にすっきりと建っていた。
 今回で「奈良散歩」の旅は終える。 
 「会津八一・司馬遼太郎の両巨星とゆく 古都奈良の旅」という副題で、前半の3日間は東大寺と興福寺を中心に巡った。
 今回の旅は、会津八一が昭和17年10月に早稲田大学文学部芸術学専攻の30名ほどの学生たちと「奈良研修旅行」を行った当時のプログラムの再現である。
 司馬さんの「街道をゆく 奈良散歩」も、この旅の中の前半の3日間に近かったので、この旅の前半は歩きすぎて少し疲れたが、ほぼ満足できる内容だった。
 旅の後半の3日間については、司馬さんの後押しもなかったので、レンタカーの旅ではあるが苦戦した。
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 しかし旅の最後に、少年の頃から憧れていた「夢殿救世観音」や「弥勒菩薩半跏思惟像」に出会えたことは、今回の旅の最大の収穫であり、最大の喜びとなった。
 もう少し勉強してから旅に出たかったが、天気に恵まれて期待していた以上の成果が出た2019年秋の旅となった。
 これで、旅を終える。

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