「オホーツク街道」の旅 その13 ギリヤクの揺藍について

4・ギリヤクにおける結婚と性関係の規準
   省略

5.ギリヤクの婚資について
   省略

6.ギリヤクの「理髪」について
   省略

7.ギリヤクの揺藍について

ギリヤクの女性は出産の時が近づくと,住居のそばにつくられた産小屋に移って子どもを産む。
生まれた後は,両親は子どもの息災を願ってさまざまな儀礼を行なうが、とくに重要なものは火,,海に向かっての祈願である。

それが終ると,父親は,朝日の最初の光のあたる木を切り倒し,それをくり抜いて揺籔をつくった。

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子どもの頭のあたる部分は三角形,背中の部分は四角で,そりのゆるやかな「八ッ橋」状をなし,下端には腰掛けられるように木部が残され,肛門のあたる部分に排泄物用の穴がくり抜かれている。

揺藍には犬やウサギの毛皮が敷かれ,赤んぼうはこれにくるまれた。腰掛の部分には腐木の屑が敷かれた。赤んぼうの性器は,男女を問わず白樺樹皮製のおおいでかくされた。

このおおいは,膀あたりから股下までにいたり,下端は排泄物用の穴にさしこまれていた。つまり,幼児の小便も自然に下の穴に流れ落ちるように工夫されていた。

林蔵は,「其下木器を置て遺尿をうくる物とす」とのべている。林蔵の言う「木器」は,多くの場合白樺樹皮製であったが,それには排泄物を吸いとるための腐木の屑がつめられた。

揺藍をつり下げるために特別の板切れ(林蔵が「彫木」と表現しているように彫刻がほどこされた)が用意され,縄を利用して屋根の垂木に固定された。

それから長い縄を揺藍の背および両側,下部につくられた穴に通し,縄を操作することによって揺藍が水平,垂直,斜めの,いずれの状態にもなれるようにつり下げた。シュレンクは,揺藍の背部に音のするものをつけて,動かすたびに鳴るようにしてあったとつたえている。
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母親は赤んぼうを揺藍にくくりつけたまま授乳することができた。

シュレンクは,ギリヤクの母親は子どもが4,5歳になるまで乳をあたえると書いている。
林蔵は,嬰児より四五歳に至る皆如斯し」とのべ,含乳せしむる時は,束縛のまま是を抱て含ましめ,飲み終る時は又懸る事本の如し」と書いている。

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