東京散歩Ⅱ その13  「矢切の渡し」で舟に乗る  その2

130mの川幅が1300mにも感じられるほどの手漕ぎの渡し舟の旅も、いよいよ対岸の目的地まであと僅かのところまで来た。





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対岸の岸辺には翡翠の巣があるという説明があったが、肉眼では確認出来なかった。

翡翠はこの江戸川に多分何つがいか生息して、渡し舟よりももっと自由に、川を飛翔しているのであろう。

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そんなことを考えている間に、どうやら渡し舟は対岸に接岸となった。

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対岸の松戸市下矢切はこのような風景となっていて、「矢切の渡し」に関しての説明看板が建てられている。

ここには、江戸川の両岸に田畑を持つ農民が自由に渡船で行き交うことから始まった渡し舟が、明治以降は地元民の足として、また散歩コースとして利用された歴史などが書かれていた。

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白字で矢切の渡しと書かれた古い木柱や、同じく矢切の渡しと書かれた石碑も、木柱の近くに置かれていた。

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渡し場の出口付近には、松戸市下矢切の農民が使っていると思われる農作業用の軽トラックが2台留められていた。

トラックの向こうには、農地が延々と広がっていた。

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5分程対岸を散策して、再び渡し舟に乗って葛飾柴又を目指して進んでいく。

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10分程渡し舟に乗り、出発点の船着場近くに戻ってきた。

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船頭は手際よく舟を桟橋に着け、僕はゆっくりと桟橋を歩いて、再度後ろを振り返って江戸川に別れをつげた。

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