松前街道をゆく(2014年の旅) その16 ホテル近くの高田屋嘉兵衛関連の史跡を見学

函館グランドホテルの近くには、ローソンがあった。

そこで、夜食と朝食を買ったのだが、どうもその夜食用に買った納豆巻きが悪かったらしく、朝起きると腹具合が完全におかしかった。

食欲も全くなかったので、朝飯用に買って冷蔵庫に入れていたザル蕎麦を食べることが出来なくて、そのままゴミとして廃棄処分した。

6月24日(火)は、朝飯抜きで函館見学のスタートとなった。



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今日の日程だが、体調も加味し、午前と午後の日程を交換し、午前中はホテルの近くにある高田屋嘉兵衛関連の史跡からスタートし、調子を見ながら日程を流動的に変えることにした。

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緑十字星印で示した函館グランドホテルの近くには、赤字1の高田屋嘉兵衛屋敷跡赤字2の高田屋嘉兵衛の像が建っている。

まず、赤字1の高田屋嘉兵衛屋敷跡から見学する。

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 ホテル前の交差点を渡ると、そこが高田屋嘉兵衛屋敷跡である。

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案内看板が立っていたので読んでみた。

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 この場所に、2町(約220m)四方の大邸宅があったのだ。

その人と成りの概要は、案内看板に要領よく記されている。

次に、赤字2の高田屋嘉兵衛の像の前に向かった。

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 方向は函館山の方向で、函館山を背景に、遠めだが高田屋嘉兵衛像が建っているのが肉眼でもはっきり確認できる。

この風景は高田屋嘉兵衛のようなスケールの大きな男にはピッタリだと感じた。

更に像に近づいていく。

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 あの司馬遼太郎の「菜の花の沖」の高田屋嘉兵衛が目前に迫ってくる。

朝飯抜きで体調不良なのに、心が小躍りしてくる。

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そして、嘉兵衛像直下に到着したが、少々がっかりした。

高田屋嘉兵衛像は、函館山を背景とした遠目の方が、ずっと男前に見えた。

この像は、文化10(1813)年、ロシア軍艦ディアナ号が捕らわれていたゴロウニン船長を引き取るため、函館に入港した際に立ち会った時の姿。

右手に持つのが松前奉行からの諭書、左手に持つのは艦内で正装に着替えた際に脱いだ衣装であり、仙台平の袴に白足袋姿、麻裏草履を用い、帯刀している。

これから、ベイエリアへ向かう。

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