津軽街道をゆく(2013年の旅) その24  田小屋野貝塚まで

平成25年9月29日(日)、津軽街道の旅4日目の日程は、もう少し手を抜けば良かったと思える程の過密スケジュールである。



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 赤○印の金木町を発つと、赤1の亀ケ岡遺跡に向かった。

以下、番号順に下記のように見学した。

1亀ケ岡遺跡-2縄文館-3十三港(安東氏遺跡見学)-4小泊(太宰治とたけの思い出の場所散策)-5龍飛岬(階段国道、津軽海峡冬景色歌碑等見学)-赤星印龍飛旅館(外ケ浜町)到着という日程。

出来るだけ手抜きをして、1と2で半日、3を半日、4を半日、5を半日の、合計2日はかかる日程である。

それ(津軽半島の半分)を丸一日で見て回ろうというのだから、最初から無謀な計画。


その無謀な計画の日のスタートである。


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車は快調に津軽平野を走り、遠景には秀峰岩木山が津軽富士の様相で見えている。


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 近景には、十三湊まで流れゆくこの岩木川である。

車の進路は最初は西へ、それから90度方角を変え、南へ向かった。

しばらく往くと、田小屋野貝塚という看板が出ていた。

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 田小屋野貝塚は青森県つがる市木造(きづくり)にある縄文時代前期から中期にかけての貝塚遺跡である。

案内看板に従ってそれと思われる農道に侵入したが、貝塚と思しきものは発見出来ず、通りがかりの年寄りに聞いたところ、畑となっているこのあたり一体が田小屋野貝塚なのだというが、要領を得ないので引き返した。

後日インターネットで調べたところ、田小屋野貝塚は日本海側の数少ない貝塚として重要であり、1944年(昭和19)に国指定史跡となったという。

これから向かう縄文時代晩期の遺跡として著名な亀ヶ岡石器時代遺跡の北側の標高約20mの段丘上に立地する。

この遺跡からは、縄文時代前期の竪穴(たてあな)住居のほか、ヤマトシジミ、イシガイ、約60点のベンケイガイなどの貝類を中心に、魚類、鳥類、ほ乳類などの大量の骨が出土。

前座の遺跡の次はいよいよ亀ケ岡遺跡である。

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