津軽街道をゆく(2013年の旅) その31 「太宰とたけ再開の道」 を歩く

越野タケと太宰治が再会した小泊の街を少し歩きたかった。

タケの婚家の越野金物店跡や太宰が越野家のことを聞きに行った”筋向ひの煙草屋”さんを探して行ってみたかった。

だが時間的な制約もあり、二人が再開を果たした運動会が行われていた運動場と、タケに誘われて行った竜神様だけにした。

小説『津軽』の像記念館」のすぐ下に、再会した小泊小学校(旧小泊国民学校)の運動場はあった。

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 そのグランドの隅に、「太宰とたけ再開の道」の道標が建てられていた。

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 「太宰とたけ再開の道」の道標は、二人のゆかりの場所には必ず建てられている。

この道標には小説『津軽』の一節が書かれている。

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掛小屋へはひり、すぐそれと入違ひに、たけが出て来た。

たけは、うつろな眼をして私を見た。

「修治だ。」私は笑つて帽子をとつた。

「あらあ。」それだけだつた。

次に、太宰がタケに誘われて行った竜神様に行ってみた。

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 小説「津軽」の像記念館の職員から龍神様までの経路地図を貰ったので、この地図に沿って、黄星印の記念館から赤星印の龍神様まで、小説『津軽』のシーンを思い浮かべながら、太宰とタケが歩いた道を歩いた。

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 老朽化した町営住宅の横の道をしばらく歩くと、道の両側にススキが繁茂している、ありふれた山道となった。

こんな風景の中を2分も歩かないうちに、龍神様が見えて来た。

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 龍神様は新しく建て替えられていて、太宰とタケが歩いた時代の面影は全くなくなっていた。

多分この辺りで、強くて不遠慮な愛情のあらはし方と小説「津軽」に書かれたタケの名シーンが演じられたのだ。

「久し振りだなあ。はじめは、わからなかつた。金木の津島と、うちの子供は言つたが、まさかと思つた。まさか、来てくれるとは思はなかつた。小屋から出てお前の顔を見ても、わからなかつた。修治だ、と言はれて、あれ、と思つたら、それから、口がきけなくなつた。運動会も何も見えなくなつた。…」。

感動のこの場面は、小説「津軽」のラストシーンでもある。

太宰は独白する。

私は、たけに似てゐるのだと思つた。きやうだい中で、私ひとり、粗野で、がらつぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だつたといふ事に気附いた。

私は、この時はじめて、私の育ちの本質をはつきり知らされた。私は断じて、上品な育ちの男ではない。だうりで、金持ちの子供らしくないところがあつた。

そして、小説の最後を、太宰はこう結ぶ。

「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。」

太宰とタケに圧倒されて、小泊の旅は終わった。

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