「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その11 天竜川への旅 NO1 飯田で柳田國男記念館に行く

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。
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 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。


 2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2003年の姫川の旅では岡倉天心と、2004年の阿賀野川の旅では野口英世と、2005年の利根川の旅では萩原朔太郎と、2006年の北上川の旅では宮沢賢治や石川啄木と、2007年の最上川の旅では松尾芭蕉や斎藤茂吉や直江兼続と、同じ2007年の阿武隈川の旅では伊達政宗や松尾芭蕉と、2008年の木曽川の旅では島崎藤村や福澤桃介と、2009年の天竜川の旅では柳田国男や後藤総一郎と、2010年の石狩川の旅では小林多喜二や三浦綾子と、2011年の手塩川の旅では松浦武四郎と出会った。

 今回は、2009年9月に旅した天竜川で出会った柳田国男である。

 飯田市のりんご並木を見た後、どうしても行ってみたい場所だった「柳田國男記念館」に向かった。

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柳田國男記念館は、日本民俗学の創始者柳田國男(1875~1962)の書屋を、東京都世田谷区成城から飯田市に移築し、平成元年(1989)に飯田市美術博物館の付属施設として開館したもの。
 
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国際連盟派遣から帰った昭和2年(1927)、柳田はイギリスの社会人類学者フレーザーの書斎にならって、「完全なる文庫」をめざして、成城にこの書屋を新築した。

柳田はここに来客を迎えて嬉々として談じようと、地名(東京府北多摩郡砧村字喜多見)にかけて、「喜談書屋」と名づけた。

ここには、柳田の人と業績等を紹介する「展示室」と、柳田の著書他が並ぶ大書斎「柳田國男記念室」、さらに民間の研究団体「柳田國男記念伊那民俗学研究所」の活動拠点がおかれてる。


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柳田の著書他が並ぶ大書斎「柳田國男記念室」には、壁面に書棚を設け、南隅近くに仕事机を据えた。
中央の四本柱の内には民俗学徒ら来客を迎え、木曜会や民俗学研究所などを開いたことから、「民俗学の土俵」とよばれた。
 
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この建物とこの部屋は、まさに日本民俗学発祥の「母屋」と「母室」となった。

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