津軽街道をゆく(2013年の旅) その45 三内丸山遺跡の子供の墓まで

南盛土の次は復元住居である。

縄文時代の住居は地面を掘り込んで床を造った竪穴住居で中央には炉がある。

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三内丸山遺跡では縄文の家を県民の手で復元する取り込みが行われている。

縄文の家づくり体験と銘打って、今年は平成25年6月18日から11月9日まで復元作業が行われている。

説明者の話では、夏休みの小学生が復元作業に参加することが多いとのことだった。

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これは去年の平成24年10月13日に完成した竪穴式の縄文の家だが、草も適当に竪穴の周りに生えていて、なかなかそれっぽく見える。

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復元住居の次は大人の墓

大人は、地面に掘られた墓に道路をはさんで向かい合うように配置されて埋葬されたが、三内丸山遺跡からはこのような大人の墓が約500基ほど見つかっている。

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続いて、復元掘立柱建物

 地面に穴を掘り柱を立てた建物跡が、遺跡中央部分でまとまって見つかったので、高床式の建物と考え、復元したもの。

 足を進めて、北の谷はゴミ捨て場、次の北盛土はたくさんの土器や石器が土と一緒にすてられた場所。

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ここには、こわれた土器が土の上にいっぱいになって広がっていた。

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そして、子供のお墓であるが、子供は土器に入れられて埋葬された。

土器の中には、わざと穴を開けたり底を抜いたりして、日常用具とは区別しているものもある。

土器の中から小石が1~2個見つかるものが多く、埋葬時の習慣に関わるものと考えられている。

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