直江兼続の旅 その11 兎口(をさいぐち)温泉

 安吾文学碑を見て、次に兎口(をさいぐち)温泉に向かった。

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 黄線の道路を走って、黄☆印の場所が兎口温泉である。
 兎口は坂口安吾の小説「逃げたい心」に登場する温泉である。
 「逃げたい心」は、失踪癖、放浪癖のある主人公蒲原氏の子供である魚則(うおのり)が再び失踪したので、長野県警から連絡が来て、家族と知り合いの一同で迎えに行く話である。
 「逃げたい心」は、こんな書き出しで始まっている。
 「蒲原氏は四十七歳になつてゐた。蒲原家は地方の豪農で、もとより金にこまる身分ではなかつたが、それにしても蒲原氏のやうに、四十七といふ年になるまで働いて金をもらつた例ためしがなく、事業や政治に顔を出した例ためしもなく、かういふ身分の人々にありがちな名誉職にたづさはつた例ためしもないといふ人は珍しいに相違なかつた。
 蒲原龍彦の名前は門札のほかに存在しないやうなものだつた・・・・・」

兎口温泉は、「逃げたい心」を頭に浮かべながら歩いた。

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 兎口温泉の植木屋に、1994年10月23日・24日に親しい仲間の親睦会である「温泉同好会」の秋の旅で泊まったことがある。
 兎口温泉のことは、「逃げたい心」にこう書かれている。
 「松の山温泉から一里はなれた山中に兎口(をさいぐち)といふ部落があり、そこでは谷底の松の山温泉と反対に、見晴らしのひらけた高台に湯のわく所があつた。一軒の小さい湯宿があるばかりで、殆んど客はないのであつた。・・・・」

 その一軒の小さい湯宿が、植木屋である。
 ここの温泉は明治39年の石油試掘で天然ガスと共に噴出したジオプレッシャー型の温泉で、海水の化石(1000万年前)と云われていて、古代のミネラルが凝縮されている。

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 植木屋の隣にあるのが、この露天風呂「翠の湯」である。
 20数年程前に石油を掘っていたらでてきた温泉で、以前はとても熱かったが段々と温度は下がり、僕らが行った時はこの温泉は湧かしているということがった。
 お湯の色はこんなで、微かにガソリン臭がした。

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 露天風呂「翠の湯」に入って、部屋で一息ついて、それから楽しみな夕食となった。
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 ここでも、仲間の食事中の話題は「逃げたい心」だった。
 「逃げたい心」の主人公である蒲原氏一行は、ある日散歩がてらにこの温泉へ遊びに行つたのである。
 「宿の下には遥かな傾斜がくだつてゐて、それを距てた遠い彼方に幾重の山波が浮かんでゐた。山中のこととて此の辺りも蛇の多い所であるが、この部落に三平とやら三蔵といふ生れついて一本気の若者がゐて、因果なことに肺病になつたが、蛇の黒焼がきくといふ人の話をきいてからは、一念凝つた蒼ざめた顔で、日々蛇をかりくらし、さういふことがあつてから、部落の蛇があらかた三平に食はれたせゐでめつきり減つてしまつたといふ、湯宿の老婆がまじめに語る奇妙な話をききながら一日を暮して、太陽が山の端に傾いてから帰路についた。」
 残念ながら、植木屋の食事に蛇は無かったが、雑談しながら酒を酌み交わす間に、この三平になったような気がしてきた。
 最後には持参したウィスキーの大びんを、この4人で飲み干した。

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