天竜川の旅その31 秋葉街道を秋葉ダムまで降る
ヒョー越峠を超えると、そこにはもう静岡県浜松市天竜区と表示されていた。
浜松市は海岸部にある市のはず、どういうことかと思ってネットで調べたところ、天竜区という区域が2005年7月1日に浜松市に編入した旧天竜市、旧春野町、旧佐久間町、旧龍山村、旧水窪町の旧北遠5市町村の全域となるからだと知った。
ここは2005年7月1日以前は旧水窪町だった。
浜松市は政令指定都市となっており、人口は80万程の大都市であるが、こんな山の奥深くまで浜松市にして政令市となったのだと思うと、少々情けないような気がした。
そんなことを思いながら、秋葉街道を一気に南下し、静岡県浜松市天竜区を進んでいく。
佐久間町まで秋葉街道を降りてきた。
この辺りで、水窪川は佐久間ダムを抜けて来た天竜川と合流する。
ここを左方に進めば佐久間ダムの方角で、遠山郷和田宿から天竜川沿いに走る道に繋がっている。
その道を通っても、最終的には今の地点へ出てくることになる。
ここで小休止し、自動販売機から缶コーヒーを買って飲んだ。
ここから赤字1の秋葉ダムまでは15km程、目指す赤字2の秋葉神社までは1時間程で到着の予定。
5分も休憩しないで先を急いだ。
秋葉ダム到着。
秋葉ダムは佐久間ダムに遅れる一年後の1954年より建設が始まり、四年の歳月を掛けて1958年(昭和33年)に完成した。高さは89.0メートルである。
ダム建設の経過だが、1954年(昭和29年)には国土総合開発法によって策定された「特定地域総合開発計画」対象地域に天竜川水系が指定され、「天竜奥三河特定地域総合開発計画」が定められた。
これにより天竜川中流部の磐田郡佐久間町(現在の浜松市天竜区佐久間町)に高さ155.5メートルの当時日本一の規模を誇る佐久間ダムを建設した。
その下流には佐久間ダムの放流水を調節して天竜川下流域の水量を安定化させる逆調整池を建設する方針を立てた。
これが秋葉ダムである。
古来から「神のかよい路」と呼ばれた聖なる川は、現実には人間の手によって完全管理され、人間の都合のいいように姿を変えられている川である。
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