砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その10 松江城巡りの始まり

さて、天守が国宝となっている松江城巡りをこれから始める。
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小泉八雲記念館前からバスに乗って、塩見縄手で降車し、松江歴史館前のこの北惣門橋を渡って松江城内に入った。
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城は一人で廻ってもしょうがないので、案内所に待機しているガイドと一緒に城を見ることにしていた。
ただ、僕の思惑は外れて、赤ん坊を背負った小学生と一緒のママの参加で、ガイドが彼女一行の世話に全精力を注いでしまったので、ガイドと居た時間はまったく期待外れのほとんど無駄な時間となった。
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 彼女は赤ん坊を前に吊り下げ、東京から来ている小学4年くらいの姉の男の子を連れて、これから僕らと一緒に天守まで行き、天守に上るのである。
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 細い黄線は僕が単独で歩いた道で、太い黄線がこれからみんなで歩く道である。
 大手門跡、三の門跡、二の門跡、一の門を通って、国宝の天守まで行くのである。
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 日傘のおばさんの前で、タオルで汗を拭き取っているのが、小学4年くらいの東京から来ている男の子である。
 ガイドは男の子に第1問「後から作ったものでなく、この松江城のような元々あるお城は全国で何個あるか」という問題を出し、男の子は6個くらいと答えたが、正解は12個である。
 そう残念そうな顔もしないで、男の子はガイドの話を素直に聞いていた。
 第2問は「国宝になっているお城が全国に5つあるが、それを全て答えよ」である。
 男の子は歴史が大好きだそうで、姫路城と松本城はすぐ答えたが、少し考えて犬山城を答えて、それからガイドのヒントで、彦根城と松江城を答えた。
 なかなかやる小学生であるが、僕もガイドにつきあってこの小学生の相手となった。
 そのうち松江城は平成27年に、現在指定されている城の最後に国宝指定となったことを、ガイドは懇切丁寧に小学生に説明していた。
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 ここは松江城大手門の建っていた場所で、現在復元に向けて門のあった当時の資料を探しているところである。
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 石垣の話になると、ガイドの饒舌は止まらなくなって、正面にある最もしっかりした石垣から右手の方にある粗雑な積み方の石垣や、ここからは見えないもっと粗雑な石垣などの積み上げられた経緯や、石垣を積んだ職人達のことまで説明していた。
 小学生に対しても手を抜くことなく説明するのはなかなかのことであるが、ちなみに松江城の石垣を積んだ業者は熊本城の石垣を積んだ業者と同じ、近江の穴太衆だということだった。
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 今日も暑い日となっているが、ガイド氏は手を抜くことなく、城の角の基本的な積み方である算木積みの説明を終えると、次の説明スポットまで足早に歩みを進めていく。

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