長州路(2019年の旅) その6 長府毛利邸

下関市立歴史博物館を出て、これから長府の街を散策する。


長府の地名は「長門国府」にちなみ、ここには長門国設置にともなって国府および国分寺が置かれたが、忌宮神社の鎮座するあたりが国衙(日本の律令制において、国司が地方政治を遂行した役所が置かれていた区画)のあったところだろうと推定されている。





国衙跡と推定されている忌宮神社まで、途中で長府毛利邸を見たり、古江小路を散策しながら黄線で示した通りを歩いていく。





最初に、長府毛利邸に入った。





長府毛利邸は長府藩の最後の藩主で元豊浦藩知事(山口県になる前の知事)であった毛利元敏が東京から帰住して建てた邸宅で、屋敷の前に長府藩の初代藩主である毛利秀元の立派な像が立っていた。





これから長府毛利邸の中に入っていくが、邸内の間取りはこのようになっている。





大きな玄関は観光客用のものではないので、右側の小さな玄関から邸内に入っていく。





入ってすぐに、川端玉章の杉戸絵「丹頂鶴と青竹図」があった。


格調の高い屋敷に相応しい絵である。


川端玉章は京都生まれの日本画家で、11歳で円山派の中島来章に学んで円山派の正統を継ぎ、上京してから高橋由一らに洋画を学び、円山派の伝統である花鳥山水を得意とした。





主屋の一番奥に見える部屋は、明治天皇行在所(天皇が外出したときの仮の御所)となった部屋で、当時のままで保存されているという。


庭は書院庭園、池泉回遊式庭園、枯山水庭園の3つが作られている。





ここは書院庭園のようだが、新緑が映える庭は実に気持ちがいい。





ここは池泉回遊式庭園である。


庭をのんびり散策して、いつまでも快適な時間の中に居たいところだが、日程もあるのでこの辺で長府毛利邸をあとにした。

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