岡倉天心 茶の本 第五章 芸術鑑賞 その2 名人とわれわれの間の内密の黙契

宋のある有名な批評家が、非常におもしろい自白をしている。「若いころには、おのが好む絵を描く名人を称揚したが、鑑識力の熟するに従って、おのが好みに適するように、名人たちが選んだ絵を好むおのれを称した。」


現今、名人の気分を骨を折って研究する者が実に少ないのは、誠に歎かわしいことである。


われわれは、手のつけようのない無知のために、この造作のない礼儀を尽くすことをいとう。


こうして、眼前に広げられた美の饗応にもあずからないことがしばしばある。


名人にはいつでもごちそうの用意があるが、われわれはただみずから味わう力がないために飢えている。


 同情ある人に対しては、傑作が生きた実在となり、僚友関係のよしみでこれに引きつけられるここちがする。


名人は不朽である。


というのは、その愛もその憂いも、幾度も繰り返してわれわれの心に生き残って行くから。


われわれの心に訴えるものは、伎倆というよりは精神であり、技術というよりも人物である。


呼び声が人間味のあるものであれば、それだけにわれわれの応答は衷心から出て来る。


名人とわれわれの間に、この内密の黙契があればこそ詩や小説を読んで、その主人公とともに苦しみ共に喜ぶのである。




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 わが国の沙翁近松は劇作の第一原則の一つとして、見る人に作者の秘密を打ち明かす事が重要であると定めた。

弟子たちの中には幾人も、脚本をさし出して彼の称賛を得ようとした者があったが、その中で彼がおもしろいと思ったのはただ一つであった。


それは、ふたごの兄弟が、人違いのために苦しむという『まちがいつづき』に多少似ている脚本であった。


近松が言うには、「これこそ、劇本来の精神をそなえている。というのは、これは見る人を考えに入れているから公衆が役者よりも多く知ることを許されている。


公衆は誤りの因を知っていて、哀れにも、罪もなく運命の手におちて行く舞台の上の人々を哀れむ。」と。

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