台湾紀行 その38 故宮博物院で「肉形石」を見学

 三大至宝の一つである肉形石(にくがたいし)も「翠玉白菜」の近くに展示されていた。このように、一見しただけでは、豚の角煮そのものである。

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 「玉髄(ぎょくずい)」という天然石で出来ていて、色は着色したもの。
 清時代の作品で、皮の表面には、毛穴まである。
 肉形石の素材は、幾層もの模様が重なった碧玉類の鉱物で、彫刻師はこの天然の特徴を生かしながら加工を施した。


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 まず、表面にびっしりと細かな穴を穿つ。これは毛穴を演出するための細工で、そのほかに素材を柔らかくし、染色しやすくするためのものでもあった。

 ところで、この故宮博物院の宝物の中で僕が一番楽しみにしていたのが王羲之の『快雪時晴帖』である。
 今回の旅では王ガイドにも確認したのだが、残念ながら展示されてなかった。 ここで展示されていたと仮定して、あえて作者の王羲之とともに、この旅の中で紹介したい。

 書聖と言われた王羲之は漢民族のほんとうの心を持った人物と名高く、後世の皇帝が彼の書を秘宝として珍重した。
 浙江省紹興の西南二十七里蘭渚で王羲之(王逸少)は、当時の名士孫綽・謝安ら四十一人と祓禊、曲水流觴の宴を開いた。
 王羲之はその事を述べて「蘭亭集序」を作った。


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 千古の名筆で、唐の太宗がこの蘭亭集序を召し取って非常に愛重し、遂に自分と共に昭陵に葬る。
 真筆は唐末期の乱に陵が盗掘された後、その所在は不明になった。

 『快雪時晴帖』は24文字の短い手紙
だが、清の乾隆皇帝がこれを非常に気に入り、これを王献之の『中秋帖』、王珣の『伯遠帖』と同室に珍蔵し、その部屋を『三希堂』とした。


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 乾隆帝は雪が降ると、この書帖を取り出して鑑賞し、余白に、王羲之のこの書をあらゆ書の中で最高のものという意味で、神と書いて愛でたという。

その『快雪時晴帖』は、今はここの故宮博物院で大切に保管されている。

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