天塩川の旅 その11 そして、天塩川河口へ・・・・
道の駅なかがわで昼食を食べる。カレーパンとコロッケと串かつ、合計で320円の出費となった。
食事の場所は車の中、「北海道命名の地」で野生の生き物の糞と臭いを体験し、ひょっとするとヒグマかもと思いながら、急ぎ足で退散して来たので、こんな簡素な食事でも美味しく戴くことが出来た。
やはり人の臭いのする安全な場所は心からくつろげる。
ここから、天塩川河口までは、50〜60km、あとわずかの距離だ。
あとわずかで、「源流の旅プロジェクト」の旅が完結する。
天塩川は最後の目的の川である。
日本の最長河川10河川を制覇してみようと思い立ってから10年の歳月が経過した。
毎年1河川のペースで、最長河川群を制覇してきた。
最初に信濃川を制覇し、それから姫川、阿賀野川、利根川、北上川、最上川、阿武隈川、ここまでで6年かかった。
木曽川、天竜川、北海道の石狩川、天塩川にはそれぞれ1年掛け、通算10年である。
10河川を川の源流から河口まで、若しくは河口から源流まで走破するのはなかなか大変で、けっこう危険も伴うものである。
しかも、源流では岩魚や山女を釣ることにしている。
一つの川を制覇するということは、旅立つ前の時間の長さと重さ、旅立った後の時間の長さと重さの両方の時間のエッセンスをも含んで制覇することで、膨大な量の経験値がこの旅で加わった。
「源流の旅プロジェクト」の最後の川の最後の目的地である「天塩川河口」へ、道の駅中川から最終スタートを切った。
雄信内トンネルを抜けると天塩町への道路表示があったので、その方向へ左折したが、このルートは当初の目的の天塩川に沿いながらのルートではなく、結果としてロクシナイ峠越えのルートとなった。
峠といっても高々標高にして85mの丘であるが。
道道855号(六志内・西雄信内線)を時速80km程度で快調に走り、最終目的地へと車を進めて行く。
丘陵地には偶に人家もあり、放牧牛の姿も見えたが、それ以外はまったく野生の森の中を進んでいく状態。
市街地以外の北海道のどこでも言えることだが、車を停めて休憩しているとヒグマが出没しそうな気配がして、慌てて車を急スタートさせるような行動パターンが日常化していた。
天塩川の旅は、最後の最後までヒグマの幻影に怯える旅となった。
10河川を川の源流から河口まで、若しくは河口から源流まで走破するのはなかなか大変で、けっこう危険も伴うものである。
しかも、源流では岩魚や山女を釣ることにしている。
一つの川を制覇するということは、旅立つ前の時間の長さと重さ、旅立った後の時間の長さと重さの両方の時間のエッセンスをも含んで制覇することで、膨大な量の経験値がこの旅で加わった。
「源流の旅プロジェクト」の最後の川の最後の目的地である「天塩川河口」へ、道の駅中川から最終スタートを切った。
雄信内トンネルを抜けると天塩町への道路表示があったので、その方向へ左折したが、
峠といっても高々標高にして85mの丘であるが。
道道855号(六志内・西雄信内線)を時速80km程度で快調に走り、最終目的地へと車を進めて行く。
丘陵地には偶に人家もあり、放牧牛の姿も見えたが、それ以外はまったく野生の森の中を進んでいく状態。
市街地以外の北海道のどこでも言えることだが、車を停めて休憩しているとヒグマが出没しそうな気配がして、慌てて車を急スタートさせるような行動パターンが日常化していた。
天塩川の旅は、最後の最後までヒグマの幻影に怯える旅となった。
峠越えのルートをとったので、この地図上では左下から天塩町へ到着となった。
本来のルートの方が何倍も感動のゴールとなったのだが、まあこれも旅である。
道の駅てしおで小休止後、車をそこに置き、徒歩で天塩川河口へ向かった。
「源流の旅プロジェクト」の最後の川の最後の目的地は、利尻富士を眼前に見る、想像すらしなかった景勝の地だった。
10年かかった「源流の旅プロジェクト」完全制覇のご褒美が、この絶景だった。
正直言ってこみ上げてくるものがあったが、それを堪えて天塩川河口の絶景をしばらく、気の済むまで堪能した。
河川公園には、天塩日誌を参考にして作成した松浦武四郎野営の地を表示した看板が建てられていた。
松浦武四郎も、この絶景を見たんだろうなと思うと、月並みな言葉ではあるが、感動が倍化した。
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