津軽街道をゆく(2013年の旅) その67 レトロ洋館散歩で弘前の教会を見学

夕暮れ路地裏散歩の余韻が残っていたのか帰り道で迷ってしまい、弘前プラザホテルへ到着したのは午後8時近くになっていた。

ホテル内のレストランで1600円の生姜焼き定食を食べ、その夜はぐっすり眠った。



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ホテルからの朝の弘前市内風景だが、雲を頂く岩木山が見事な市街景観を作っている。



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そして、弘前プラザホテル自慢の朝食。

ここの朝食は、県産品の食材を使用した創作郷土料理をはじめ、家庭的なかあさん手づりの心を込めた温かな朝食という宣伝どおりのものだった。

この朝食に元気づけられて、今日の活動の開始である。



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これは事前の計画、夕食は津軽三味線の生演奏のある居酒屋あどはだりを考えていた。



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これが実際の行動である。

昼食の場所を変え、津軽三味線の居酒屋での食事を取りやめ、この日もホテル内のレストランでの夕食となった。

午前中のレトロ洋館散歩の詳細な計画は以下のようなもの。



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  日本キリスト教団弘前教会-② カトリック弘前教会-③ 青森銀行記念

-④ 旧東奥義塾外人教師館(お茶)-⑤ 旧弘前市立図書館-⑥ ミニチュア建造物群-黄星印昼食(レストラン山崎)の順にまわる。



 それでは、午前中のレトロ洋館散歩のスタートである。

 まず① 日本キリスト教団弘前教会である。



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 ホテルを午前8時半に出て、ここには午前9時ころに着いた。

 この教会はフランスゴシック風の双塔形式で、白のオイルペイントで仕上げ、四方に控柱を設けている。

ドリップストーンの付いた窓は尖塔アーチとして、上部をトレサリーで飾っている。

設立者は明治8年に横浜から帰弘して東奥義塾々長となった本多庸一と、一緒に来弘したジョン・イングである。



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現在の教会堂は、明治37年焼失の教会堂に代わり、明治39年12月に完成、翌40年8月に献堂式が行われた。

設計は、弘前学院外人宣教師館(国指定重要文化財)の設計者とも伝えられるクリスチャン棟梁の桜庭駒五郎である。

つぎは② カトリック弘前教会である。



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ここは付属の弘前カトリック幼稚園を持っていて、その関係で左手に送迎バスが停まっていた。

弘前に初めてカトリック宣教師アリべ神父が福音伝道の第一歩を記したのは1872年のことで、1882年に現在の教会敷地を所有し、1910年にモンダナ神父が聖堂を新築し現在に至っている。

入口に向かうと教会関係と思われる女性が祭壇をご覧になりますかと聞いたので、遠慮しないで見学した。



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この見事な祭壇はオランダの首都アムステルダムの聖トマス教会にあったものを、当時の主任司祭コールス神父が弘前教会のために譲り受けたもの。

建築家イ・ア・オールの手によって1866年に完成し、ベルギーのアントワープで開かれた展覧会で最優秀賞を受けたものだという。



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祭壇は全てナラの木で細工されたゴシック様式のもので、思わず見とれてしまうような芸術品である。

中に入れてもらえて、今日はスタートから幸運な一日となる予感がした。

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