天塩川の旅 その10 『北海道命名の地』に立つ!!
北海道命名の地があると聞いて、「美深森林公園びぶかアイランド」を後にし、国道40号線を北上する。
音威子府市街を過ぎ、国道40号線を約7km北上し、国道左カーブ手前
から右折する。
そこには案内看板が立っているのだが、よほど注意してないと行き過ぎてしまう。
案内看板に従い国道を右折し、未舗装の砂利道をゆっくり降りていく。数百メートル程進んだ先に車両を駐車できる広場があり、車をそこで停めて河川敷方向へ歩いて行く。
安政4年(1857年)、幕末の探検家・松浦武四郎の天塩川流域調査の帰路、音威子府村筬島(おさしま)地区の鬼刺辺(オニサッペ)川付近で野営。
ここで、アイヌ民族の集落(コタン)に立ち寄り、アエトモという古老(エカシ)に「カイナー」と言う言葉の意味を尋ねたところ、「カイ」は「この国に生まれたもの」で、「ナー」は敬語ということを教えてもらったという。
明治2年(1869年)の「蝦夷地」(のちの北海道)改称に先立ち、開拓判官であった武四郎は、「道名の義につき意見書」を明治政府に提出、日本の「北」にある「カイ」、それに旧領土を指す「道」をつけ『北加伊道』という案を発想し、提案した。
この『北加伊道』を基に、現在の『北海道』の名称が誕生したと言われている。
その命名の地へ向かって歩いていく。
ただ、北海道命名の地碑周辺は、森林や天塩川などの自然豊かな環境に囲まれているため、さまざまな動物(ヒグマ等)の目撃情報がよせられているという。
北海道にヒグマが居なければ、僕らは安全に旅を楽しみ、安全に釣りを楽しめるが、それは僕らの旅の質や北海道の魅力を高めることには単純に繋がらない。
野生の自然界の頂点に君臨する生き物の存在の魅力は、冒険や探険という言葉の魅力と同種のものである。
僕は北海道命名の地で、冒険や探険と同種の魅力も同時に味わうハメになった。
ここが、北海道命名之地。
松浦武四郎の『天塩日誌』に残された記録などから、筬島地区天塩川流域の地に『北海道命名の地』碑が建立された。
2011年7月には、それまで建立されていた碑を再建立し、北海道知事高橋はるみ知事が揮毫(きごう)した新たな碑(全長5メートル、地元産トドマツ使用)が建った。
ぼくの旅は2011年9月のことだから、この新しい碑は再建立されてから2ケ月も経過してない、出来たてのほやほやの碑である。
なお、高橋 はるみ(たかはし はるみ、1956年1月6日 - )氏であるが、旧姓新田で富山県富山市出身。
2003年、自民党の支援を受けて北海道知事に立候補して当選、現在北海道知事3期目となっている。(余談だが、2004年11月に胃がん手術を受けている。)
富山県立富山中部高等学校、一橋大学経済学部を卒業。祖父は富山県知事を2期8年務めた高辻武邦。父は日本海ガス社長・インテック創業者新田嗣治朗。弟に日本海ガス社長・元日本青年会議所会頭の新田八朗がいる。
松浦武四郎だが、事実上の初代北海道知事と言っていい程度に、北海道を愛した人物だと、僕は考えている。
知事程度の職は、学識や閨閥も大切だが、それ以上にその土地を思う情熱の深さと責任感が重要だと感じる。
高橋はるみ氏の健闘を願って、北海道のハートランドマークのあるこの場所を去った。
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