砂鉄と銀と神話の道(2017年の旅) その46 銀山街道をガイドと少し歩く

ガイドの寺本さんとは、このゆうゆう館で午後1時に初対面となった。
イメージ 1


当初、ガイドの寺本さんとは午後2時に待ち合わせの予定であったが、待ち時間が長くなるのでガイドの了解を得てスタートを午後1時にしてもらったのである。
彼女は自家用車を用意してくれていて、これから温泉津の街を3000円のガイド料で2時間程案内してくれる。
イメージ 2


ここは沖泊港で、ここから石見銀山の銀が積み出されていったのである。
イメージ 3


沖泊港を背にして、これから石見銀山からこの港まで銀を運んできた銀山街道のほんのさわりの部分を歩いていく。
イメージ 4


道の両側は空き地になっているが昔はここも家が建っていたそうで、家の残滓である石垣の一つ一つも世界遺産になっているという説明である。
イメージ 5


蝉がガンガンと鳴く中を、黙々と銀山街道脇の長い歴史を偲ばせる民家の一つ一つを楽しみながら歩いていく。
イメージ 6


しばらく歩くと家並みが途切れ、正面に井戸が見えた。
沖泊が栄えたのは3ケ所に井戸があったからだとのことで、この井戸はその一つの上の井戸である。
道はここからも真っすぐに石見銀山目指して伸びていて、もう少し歩いてみたかったのだが、7月の20日頃にこの先に熊が出たとのことで、寺本ガイドはこの先は今回案内できないとのことであった。
ここで今歩いてきた道を引き返し、銀山街道の入り口にある下の井戸に戻った。
イメージ 7


 この下の井戸では湾で採れた板ワカメを洗ってこの辺で干していて、昔の漁師はこの板ワカメで1年分の収入を得ていた。
イメージ 8


下の井戸の上に鎮座しているのが、漁の神様を祀った恵比寿神社(ワカメ神社では無い)で、左が本殿で右が拝殿である。
拝殿は去年まで3年がかりで修繕したということで、言われてみれば本殿に比してずっと新しい建物である。
本殿は室町時代の1526年に「はかたのあしやうら」の住民が神の御神託によって建てたものとのことであるが、説明を聞き流していたので詳細は不明である。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック