奈良大和路散歩(2016年の旅) その13 大神神社まで歩く

檜原神社から大神神社までは気分のいい道が続いていて、ビデオカメラを回しながら歩いたので、その画像でここを紹介する。

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檜原神社から歩いてすぐにこの風景で、この辺りは和歌山県と同じらしく蜜柑の木がどこにでも植えられていて、歩いているとどこからでも蜜柑の花の匂いがしてくる。

同時にウグイスの鳴き声がひっきり無しに聞こえていて、初夏の風景の典型の場面が繰り返されている。

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この道を右に曲がると大きな池があり、その池の向こうに神山である三輪山が優雅な山影を横たえていて、湖面にも逆さ三輪山として映っていた。

昨日卑弥呼庵で見たよりも一段男ぶり?のいい三輪山である。

ここでしばらく景色を眺め再び歩き出し、池の反対側に目をやるとこんな風景である。

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中央の古墳は邪馬台国の女王卑弥呼の墓と推定されている「箸墓古墳」のようである。

箸墓古墳の左後方には、大阪府との境となっている二上山らしい山影が見えている。

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アップしてよく見るとやはり二上山で、大きい山が男山、小さい山が女山である。

葛城山や金剛山は、二上山の左手に広がっているのだが、どれが葛城でどれが金剛かは不確かである。

三輪山と反対側に聳える二上山・葛城山・金剛山の間に広がるのが大和盆地で、ここで弥生時代、古墳時代、奈良時代と大王や天皇を中心として集落や村や国が出来ていって、やがて日本の国となるのである。

そんなことを考えながら、また歩き出した。

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しばらく行くと、ここからの道はかなりな急坂となっていて、竹林も目立つようになって来た。

樹々の隙間からは桜井市の家々が見えていて、その向こうには大和三山らしい山影も見えている。

引き続き檜原神社から40分程歩いて、午前10時46分に崇神王朝(三輪王朝)の神が鎮座していた大神神社(こう書いて、おおみわ神社と読ませる。)に到着した。

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大神神社は人気がありご利益もそれなりとかで参拝者が多い神社で、この日もかなり賑やかだった。

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このように、標柱石にはしっかり「大神神社」と書いてある。

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しかし鳥居の方には「三輪乃神」と書かれている。

この二つはそう厳密に使われていないのか、それとも使う場所によって使い分けているのか、疑問が湧いたがこの問題はここまでとした。

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