奈良大和路散歩(2016年の旅) その17  女王卑弥呼の箸墓古墳に到着

纏向駅には午後2時6分頃に到着した。

黄星印の箇所が纏向駅で、黄枠で囲った纏向遺跡のほぼ中央に位置している。

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この黄枠で囲った纏向遺跡の場所に邪馬台国があったと推定されている。(邪馬台国畿内説で話を進めていく。)

赤字アの地点が景行天皇陵で、赤字イの地点が邪馬台国の女王卑弥呼の墓と推定されている箸墓古墳である。

今夜から宿を天理から飛鳥に変える関係で、纏向遺跡に居られる時間が1時間程くらいしか取れないので、いろいろ見たいのだが、赤字イの地点の箸墓古墳を見るだけにした。

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ここは纏向駅で、もちろん無人駅の小さな小さな駅。

まだ5月なのに今日の午後は既に30度を突破したそうで、暑い暑い纏向の地を歩いて、これから箸墓古墳を目指して歩いて行く。

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ここから纏向遺跡まで約1km、正面に見えるこんもりした森がどうやら箸墓古墳らしい。

女王卑弥呼の率いた邪馬台国が日本のどこにあったかという問題は、日本史が好きな人なら誰でも興味を惹く最大の関心事で、東京大学と京都大学が大学の威信をかけて論争した問題の地の問題の墓に、いま僕は少しずつ近づいている。

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ここが箸墓古墳から500mの地点、森に覆われた箸墓古墳のこんもりした姿が目の前に見えてきた。

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暑い初夏の昼下がり午後2時20分過ぎに、桜井市箸中の箸墓古墳に到着である。

それではじっくり、箸墓古墳を見ていく。

箸墓古墳の規模は墳長およそ278メートル、後円部は径約150メートル、高さ約30メートルで、前方部は前面幅約130メートル、高さ約16メートルである。

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ここは後円部の方だが、古墳の前方には大池が悠々と横たわり、非常に美しい景観となっていて、今まで見た景行天皇や崇神天皇などの前方後円墳に比すると、その景観は際立っている。

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そしてこちらは前方墳部の方で、こちらの方もうっとりするほど美しい。

間違いなくここには、女王卑弥呼の魂が眠っていると感じた。

箸墓古墳から20分程歩いて纏向駅に到着し、20分程待ってJR桜井線に乗って天理駅まで行き、そこから宿泊ホテルに戻って素早く荷造りをし、再び天理駅からJR桜井線に乗って桜井駅まで行った。

桜井駅下車が午後4時29分、桜井駅南口から午後5時発の奈良交通の石舞台行きバスに乗るのである。

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