「日本最長10河川の旅」で出会った「日本を代表する人物」 その10 木曽川への旅 福澤桃介 NO1 南木曽町(なぎそまち)の桃介橋を見学

 2002年から2011年までの10年の期間をかけて、「日本の最長10河川の源流から河口までの旅」を走破した。
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 この源流から河口までの旅の中で、「日本の国が誇る傑出した人物」と十数名出会ったが、魅力あふれる人物ばかりなので、このブログを借りて紹介する。


 2002年の信濃川の旅では島崎藤村と、同じ2002年の神流川の旅では内山節と、2003年の姫川の旅では岡倉天心と、2004年の阿賀野川の旅では野口英世と、2005年の利根川の旅では萩原朔太郎と、2006年の北上川の旅では宮沢賢治や石川啄木と、2007年の最上川の旅では松尾芭蕉や斎藤茂吉や直江兼続と、同じ2007年の阿武隈川の旅では伊達政宗や松尾芭蕉と、2008年の木曽川の旅では島崎藤村や福澤桃介と、2009年の天竜川の旅では柳田国男や後藤総一郎と、2010年の石狩川の旅では小林多喜二や三浦綾子と、2011年の手塩川の旅では松浦武四郎と出会った。

 今回は、2008年9月に旅した木曽川で出会った福澤桃介である。

 藪原の井筒屋旅館の御主人から熱心に薦められた「桃介橋」と桃介記念館を見学しようと車の中で考えていた。

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まずは桃介橋を目指した。

桃介橋は、長野県木曽郡南木曽町読書(よみかき)にある木曽川に架けられた橋で、桃の橋とも言われている。

1922年(大正11年)に完成した木橋であり、一時は破損・老朽化のため使用を取りやめられたが、その後1993年に南木曾町のふるさと創生事業である「大正ロマンを偲ぶ桃介記念公園整備事業」の一環として復元された。

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まず遠くから橋の全体を眺めたが、桃介橋は渇水中の南木曽町を流れる木曽川に悠々と架かっている。

桃介橋は、大同電力(2013年現在の関西電力)により、読書発電所建設資材の運搬路として架けられた。

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橋に更に近づいていく。

大同電力の社長であり、橋の建築主でもある福澤桃介(1868~1938)はこの橋を「桃介橋」と名付けたいと考えていたが、周囲に反対されたため「桃之橋」とした。

「桃介橋」が正式に橋の名称とされたのは、桃介の没後半世紀以上が経過した1993年の復元時からで、日本国の重要文化財にも指定されている。

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橋を歩いて行く。

建設資材の運搬路として架けられたので、建設時は橋中央にトロッコのレールが引かれていたという。

復元に際して、文化財としての価値を残すという観点から、レールの痕跡を残すように配慮されたので、橋の真ん中には周りよく黒っぽい2本の同じ幅の板が端から端まで続いていた。

この橋がすっかり気に入ったので、南木曽町の絶景を眺めながら2~3回往復、それから妻籠へ向かった。

福澤桃介については、この日の午後「桃介記念館」に行った時に触れたい。

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