思い出の中の川 第2回 1992年の中継川

過去の釣行時に撮影した記録写真を元に、思い出の中に入ってしまった、もしくはすっかり忘れてしまった釣行のことを書くことにする。


 釣り師の渓流釣り記録の中で記録に残っているのは、平成4年(1992年)4月18日の中継川釣行の時からで、この時初めて尺岩魚(31cm)を、山田芳二さんの指導で釣り上げた。



 師匠の山田さんが、まるで自分のことのように喜んでくれたのを今でも記憶している。

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 この時の写真がこれで、マッチ箱と比べると31cmの尺岩魚の大きさがわかる。
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 この時は6歳入学で小学1年生になったばかりの娘が大喜びで、尺岩魚を両手でぎゅっと握って、二つ年上の兄と一緒にはしゃいでいた。


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 それに味をしめて、単独で一カ月後の平成4年(1992年)5月17日に、再び中継川の養魚場に愛車レオーネを駐車して、養魚場排水路から中継川に出て100mほど下って大淵に出た。

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 この淵は、見た目はさほどでもないが3m程の深さがあり、山田さんもこの淵で雨の日に増水し養魚場の池から逃げ出した大きな虹鱒を何匹も釣ったことがあると自慢していた。


飛び切り大きなドバミミズをエサにして格闘の末に釣り上げたことを、満面の笑みを込めて話してくれた。


師匠の弟子の釣り師も同じ淵で、たぶん養魚場から逃げ出たのだろう大きな虹鱒を、平成4年(1992年)5月17日に釣り上げた。


この時の写真は残ってないが、この時の虹鱒は魚拓にして自室の壁に飾っている。


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 それがこれで、平成4年5月17日に山北中継川で、全長48.5cmで体重1.75kgの虹鱒を釣ったと魚拓にはっきりと書いてある。

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 この時は、もっと下流にある興屋清水のある場所から少し下った淵で、28.5cmの虹鱒を同時に釣り上げた。


 1回目より2回目の方がますます遠い思い出となったが、今考えれば家族全員の楽しい思い出をいっぱい作ってくれた中継川の話である。

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